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携帯電話を開き、画面を見る。3回の不在着信表示があり、3回とも森澤ユキの名前が表示されていた。
大好きな森澤ユキから電話があった。本来、喜び、心踊る筈のこの事柄に何故だか嫌な胸騒ぎを感じた。
「なんなん」と俺は言い、龍と奈津美を見る。龍はいらん事を口にした、と後悔しているのか、テーブルに置かれたレッド・アイを不自然に早いペースで飲み干した。
「なんか知っとんやろ、ナッチと龍。ユキちゃん、何があったん」
奈津美が憐れむように微笑み、「落ち着いて」と言った。
そこで俺は初めて、自分が落ち着きを失っている事に気づく。
携帯電話の画面を凝視してから、意味はないが平原の顔を見た。平原はコートのポケットから文庫本を取り出し、読み始めた。店内の照明は暗いのに、活字がちゃんと見えているのだろうか。何故だかそんな事が気になった。
ゴクリ、と大きな音が耳孔の奥に響く。自分が唾を呑んだ音だと少ししてから気づく。俺は思いきって、リダイヤルボタンを押した。
コールが一回鳴る。俺は耐えきれず通話切断ボタンを押した。潜水し、息苦しくなり、水面に上がるように。
俺の手の中で携帯電話が振動した。俺は祈りの姿勢で電話機を握り締めている。
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