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ユキちゃん。彼氏。もう会えない。連絡できない。藤川。ストーカー姉妹。もう頭がぐちゃぐちゃだ。確かに家に帰って寝た方が懸命だろう。しかし、不安は募る。明日は舞台。このまま、ろくな練習(通し稽古)もせず、藤川と別れ、明日を迎えるのはめちゃめちゃ怖い。
「明日の朝からバイトやったけど、キャンセルしとく」
藤川が言って、俺を見てくる。
「なんやねん、それ」
俺はぶっきらぼうに言った。
白い歯を見せる藤川の表情が凄く大人に見えた。
「明日の朝から夕方、大阪に行くまでの時間でお前のメンタルコンディションが向上したら、連絡してくれ。大阪に行く前に此処で、1回でも2回でも通し稽古やろう」
藤川がガードレールを跨ぎ、空き地を出、下り坂、家方向に歩き出す。
「えらい大人やんけ」
俺は立ち上がり、藤川の背中に言葉を投げた。
「女に……中学時代から21になる今年まで、ずーっと好きやった女にフラれた俺を見下してるつもりか。ええ、おい。イケメンさんよー」
藤川が振り返り、
「天才って、気まぐれやなぁ」と言った。
「イヤミか、こら」
と俺は顔をしかめる。
「信じとぉだけや」
藤川がハキハキと、滑舌良く言った。
「明日は最高のコンディションの前田と漫才ができる! 俺はそう信じとぉからな」
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