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森澤ユキの住むマンションに行くまでに急な登り坂がある。彼女の住む馬の子台町は山を切り崩し、開発されたニュータウン故この坂は避けて通れない(舗装はされているが、ほとんど登山に近い)。
デートの約束などでここを歩く時は心地好いスポーツ感覚だが、今日は違う。足が重い。引き返したい。でも、行ってみたい。どうすりゃいいんだ俺は。纏まらない気持ちのまま、藤川の後を歩く。
「なぁ藤川」俺はジャンパーのチャックを首まで上げ、藤川に声を掛ける。3月の夕方はやはり寒い。
「もし、ユキちゃん居らんかったらどないするん」
「それやったらそれでええやん」
藤川が俺に振り返る。
「オバチャンか誰か家に居る人に言伝てしといたらええ。大事なんはお前が心の中で森澤ユキを意識してて、悩んでる事が本人に伝わる事や」
「彼氏おんねんで」
俺はどこまでも弱気だ。
「ラブラブやのに、俺なんかが、しゃしゃり出て迷惑この上ないんちゃう」
「果たしてラブラブなんかな」
藤川が顎を擦りながら、言う。
「俺にはどうしても、幸せな感じがせえへんのや」
「どういう事?」俺は藤川の背中に訊ねた。藤川名探偵の推理を聞いてみよう。
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