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聞き覚えのある声に、俺はそちらを見た。長い腕が天高く突き上げられている。その手には赤いボールが握られていた。
「あいつ……」俺は呟いて、安堵の気持ちから、その場に膝を突きそうになった。
「えー、では」男スタッフが言う。
「でんでんむしさん、2週目です」
赤いボールを引いたのは、間違いない。今、顔が見えた。藤川だ。
「藤川ー」俺は前からこちらに戻ってくる藤川に駆け寄る。
「おぉ前田」藤川が左掌を俺に向けて挙げている。俺達は思いっきりハイタッチを交わした。
「お前やるやんけ」俺は興奮が治まらない。
「よく無事やったな。お前の事やから、人波で溺れて、死んだかと思っとったわ」
藤川は鼻下を擦る。
「ちょっとビビったけど、なんとか踏ん張った」
「なんにせよ、よくやった! お前は偉い」
「今頃、気づいたか」藤川が胸を張る。
「あのー、すいません」と、男スタッフがこちらに走ってくる。俺達は会話を止めて、男スタッフを見た。男スタッフは藤川の右手を指差している。
「ボール。返して下さい」
藤川の右手には赤いボールが握られたままだった。
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