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村へ帰った二人は、プーチンの家に居た。
それぞれの前にはホットココアが置かれ、机の真ん中辺りに先程カフェで貰った花束が置いてあった。
向かい合わせで座るプーチンとコマネチは帰り道から一言も喋っていない。
口をつけることなく湯気の出なくなったマグカップが、長時間そうしているのを物語っていた。
重苦しい空気が辺りに立ちこめる理由は、花束に添えられていた一枚のメッセージカード。
それにはこう書かれていた。
麗しの君
満月の夜、迎えに参ります。
キルネンコ
あの花束はキルネンコからの招待状だったのだ。
カフェでプーチンが青ざめていたのは、その招待状の差出人の名前が見えてしまったから。
メッセージカードを確認した二人は逃げるようにカフェを後にし、現在に至る。
たぶんあの時のウェイターはキルネンコ本人だったのだろう。
桜色の髪なんて滅多にいない。
実物は見たことないが、あの造形の美しさは噂通りだった。
行く宛の無い怒りや悲しみが渦巻き、プーチンは顔をしかめた。
すると、コマネチは生気の無い顔で呟いた。
「プーチン…、僕ね、レニーのことがずっと好きだったんだぁ」
「せめて…初めてはレニーが良かったな。」
まるで遺言のような口振りにプーチンが何かを言おうと口を開くが、吐き出した息は音を為さず、虚しく空気中へと霧散した。
その場凌ぎの慰めの言葉すら、プーチンには見付からなかった。
再び辺りには沈黙が立ち込めていく中、沈む二人の耳にその声が響いた。
「プーチン?居ないの?」
聞き慣れたその声にプーチンはコマネチを見た。
動揺して固まってしまったその頭を軽く撫で、プーチンは「大丈夫。」と優しく囁いた。
部屋を出るともう階段を半分程登ってきていたその人物を、プーチンはぎこちなく笑って出迎えた。
「いらっしゃい、レニー。」
「あ、こんちわ。居たんだ。」
「うん、直ぐ出れなくてごめんね。上がって。」
どうぞ、と促され、レニーはプーチンに続いて部屋の扉の前に立った。
ドアノブにプーチンが手をかけると、レニーが思い付いたように喋りかける。
「コマネチも居るの?」
その名前に、プーチンはドアノブを握る手に一瞬力が入る。
まだ、レニーはあのことを知らない。
誰も、知らない。
プーチンは何もなかったかのように「いるよ」とだけ答え、扉を開いた。
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