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「父ちゃん!
お正月には帰って来(く)んのやろ!」
ひかるは、
卵焼きを口に入れ、頬張り、それを呑み込むと、
大きな声でそう訊いた。
庄助は、大きな声よりもそう言うことに驚き、
挟んだ芋が、卓袱台(ちゃぶだい)から転げ落ちた。
慌てて気の抜けたような仕草で、その芋を拾うと。
「あんた止さんね、汚ないがねぇ。
で、庄助さん、お正月は?」
妙子とひかるは、頷き合い、首を伸ばして、
ゆっくりと頭をもたげる庄助を、覗き込んだ。
「な、何でそないな眼ぇで見んのや」
「父ちゃんこそ、
毎日、魂が抜けたみたいやったやんか」
庄助は拾った芋を卓袱台に置いた。
「何ぃ言うてんのや。帰って来るがな、いつもの通りのお正月や」
ひかるは両手を挙げて喜んだ。
妙子もその喜びは大きかった。
「あんた、ほんまのことね?」
妙子は側に寄って、念を押すようにして、小さく訊いた。
「そうやぁほんまのことや」
その言葉に、妙子の小首は弾むように頷いていた。
だが、
庄助の気持ちは、もうここへは戻っては来れないと、
すでに固く決まっていた。
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