【55】エピローグ

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    「そう。じゃあ仕方がないね。10分。それ以上は待たない――」     それに反して、彼女は彼女らしくない言葉を残す。潮の香りを運ぶ風に吹かれる、肩まで伸ばされた真っ直ぐな黒髪を撫でる様に押さえ、     「――いってらっしゃい」     言う。帰りを待っている風な言葉は、他人に興味のない彼女の言葉とは思えないもので、まるで自分と話しているような既視感さえ覚えた。心のどこかで、なぜだか落胆するような気持ちが芽生えた事に、少年は不思議に思えたが、     「いってきます」     静謐な態度に、何も魂胆がない事を祈りながら、負けじと朗々とした声で言って、彼女に背を向け歩き出した。深夜。間もなく夜明け。19日の午前04:30頃だった。     この月音島(つくねじま)には死神がいる。紛れもない事実だ。     まあ、陳腐なものだが。死神を思わせる黒いローブは単なる黒い雨合羽だし、恐怖を誘う髑髏の顔は鼻から上を隠す仮面だし、大きな鎌なんて持っていない。そう、ちょうど緩やかな斜面の先、下りに居る、あの人物のように。     死神は仮面から覗く口許をニヤリと歪ませている。     それでも少年は当惑する事はない。まるでこうなる事を、見透かすように予想していた風だ。怒りも、悲しみも、その他もろもろの感情さえない。死神ですら、彼の事を気持ちが悪いと思えるくらいに。          
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