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現に今もこうして、こいつ自身の願いを聞けないでいる。
大切なはずの槙斗の願いなら、聞いてやればいい。
それができない俺は………やはり………。
「ちが、う。…蒼流わる、くない。だから、おね、がい。………そ、んなに悲しそ、うな顔しない、で………。」
混濁した考えの途中で、槙斗の声が聞こえた。
…俺の無に等しい表情はこいつの前では余り意味がない。
こいつは言葉が上手く話せないが、人の表情から気持ちを読み取る事ができる。
それは、あいつがあの頃には出来なかった事。
あぁ、俺は馬鹿だ。
心だって成長している。
例え体の成長に、年齢にあっていなくても、心は少しずつ成長している。
槙斗も……そして、俺も。
『………槙斗。』
その声に俺の上にある頭がそろそろと降りてくる。
『良いのか、傍にいるのが俺で。』
こくこくと頷く槙斗。
『お前が上手く言葉を話せないのは俺のせい「ちが、う!」………。』
「蒼流の、せい、違う!
最後にお、れが逃げた…から!
蒼流、わるく、ないっ!」
ぎゅっ、といっそう強くなった俺を抱き締める力に苦しくなった。
けど、槙斗の声の方が辛そうだったからまだ、黙っておく。
「過去、は………過去!
おれは、………いま、を、生きてる。
いつ、までも………過去、に…縛られたまま、おれだ、け………逃げたくないっ!」
………驚いた。
そんな事を考えていたとは。
「で、も。ひとり、じゃ……できない。
蒼流………傍、にいて。」
あぁ、俺は本当に馬鹿だ。
過去がどうこう言う前に、最優先は今を見なければならなかった。
逃げていたのは俺じゃないか。
『勿論。お前がそう、望むなら。』
そう言ったとたん、へにゃっと笑う槙斗。
………槙斗、俺もちゃんと向き合うよ。
過去に向き合って答えが出たら、お前に言うよ。
ほんとの事を。
他の生徒会の奴にも、きちんと向き合おう。
あいつらが変わってしまったのではなく、俺が変わろうとしなかったんだ。
“人は、変わっていく。時が経つにつれ、良い方へも悪い方へも。
でも、変化を恐れては前に進めない。分かっていて変わろうとしないのは、逃げだ。”
あいつらに昔、そう言ったのは俺じゃないか。
言った本人が過去から進めなくてどうする。
『飯に行こうか。槙斗。』
久しぶりに良い飯が食えそうだ。
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