3人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
土方視点
文久3年2月ー
俺たちは京に残ることを決めた。
試衛館からの仲間と芹沢一派…
この奇妙な組み合わせとなったのには
ある経緯があった。
芹沢一派と出会ったのは清河八郎が結成した浪士組がきっかけだった。
浪士組とは、もともと将軍様が上洛するにあたって将軍様を警護する為の組織であった。
しかし、清河が、尊王攘夷派であることが判明した。
自分達は清河に利用されそうになっていたのだった。
攘夷の意見に反対したのが俺たち新選組と芹沢一派だった。
芹沢は水戸天狗党出身者であり、尊王攘夷の思想者であったはずだが、どういう訳か俺たちの意見に同意したのだ。
俺たちは、初対面のときから芹沢達を良く思ってはいなかった。
なんというか、直感的に馬が合わないと感じたのだ。
それは、向こうも同じだったようだ。
芹沢達は世間でも名のしれた神道無念流の免許皆伝を修めており、俺らの田舎剣術(自分でいうのも気に障るが…)を見下しているように見えた。
何より、あの横暴な態度が気に入らない。
師が師ならば、弟子も弟子と言った具合に、芹沢を、慕っている弟子の態度も最悪であった。
何かにつけ、芹沢先生と媚びへつらうような姿を見ては激しい吐き気を催した。
一緒にいていい気がしたことは一度たりともなかった。
だが、京に残ると決めた以上、芹沢達とは公私を共にしなければならないということなのだ。
とにかく、こちらとしては
悪い予感しかしない…
最初のコメントを投稿しよう!