第一章・殺し屋

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「な、なんで…なんでこんな目に…」 深夜の廃ビルの中を、ぼろぼろになりながら逃げ回る。 あちこちに切り傷がある。 もう疲れた。この調子だとそう長くは逃げられない。 俺は何から逃げているのか。 殺し屋だ。 「…っ…ここだ…ここに…」 運よく、このボロボロの廃ビルに、扉がちゃんと壊れず残っている部屋があった。 殺し屋の姿はまだ見えない。 とにかく隠れなければ。 サッと入ってすぐに扉を閉め、転がっていた棚を扉の前に持っていき、扉を封じた。 大きな音がなるが、かまうものか。 俺は安心と疲労の溜め息をついた。 なんで、こんな目に… もはや頭に浮かぶのはそれしかない。 なぜ、なぜ、と、ただただクエスチョンマークが浮かぶだけで、落ちついて考えることなど出来なかった。 特に変わったことはない。 誰かと嫌悪な仲になったこともない。 彼は普通の生活をしていたつもりだった。ごくごく普通の、サラリーマン。 別に偉い立場でもない、ただの平社員。 変わった性格も趣味も思考もない。 まさに「普通」以外になんとも表しようのない彼は、恨みを買うことなんて、少しもしたことがない。 なぜ? 「ガタッ」 今までの思考が一気に吹き飛んだ。 血の気がさあっとひいて、身体中の全神経が音がした方に集中した。 なんだ。きたか、ついにきたか、きたのか、きたのか、きてしまったのか。 殺し屋が。 「…」 特に変化はない。 だが、たしかに今音がなった。何か変化があったのは間違いない。 しばらく動かず、身構えたまま、音がなった方向を見続ける じり、じり、と、聞こえもしない音が鳴っているような気がする。 何かと俺の間に、なんとも言えない空気が漂う。 そんな時間がしばらく続いたが、いっこうになにも起こらん。 だいぶ時間が経ったように思えるが、なにも起こらん。気配すら感じない。 緊張を保ち続けるのもキツくなってきた。 何もない…のか? 「…ふぅ」 すとん、と、気を抜いた。 「どっちを向いてんですか?」 死んだ。と思った。
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