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ー小さい頃の俺だ。
母さんと父さんが座っているソファの間は俺の特等席だった。
三人で仲良くテレビを観たりした。
俺が疲れて寝てしまった時は、母さんがそっと膝枕をしてくれていた。
幸せだった。
三人で過ごしたあの場所が大好きだった。
ある時から、母さんの具合が悪いことが多くなっていた。
「お母さん、病気なの?」
心配で父さんにそう聞いた。けれど、意外にも父さんは笑っていた。照れ臭そうな笑顔だった。
「お母さんのお腹にはな、赤ちゃんがいるんだよ。お前はもうすぐお兄ちゃんになるんだ。」
「ホント?」
びっくりしてそう聞き返した。父さんはホントだよ、と言ってまた笑って俺の頭をくしゃっと撫でた。
嬉しかった。弟か妹が生まれてくるのが待ち遠しくて「いつ出てくるの?」と、毎日繰り返し聞いていた。
「赤ちゃん、男の子だって。」
ある時、母さんが教えてくれた。弟ができるんだと、嬉しくなった。
母さんのお腹が大きくなってきて、横になることが多くなっていた。
母さんがいないので俺の「特等席」がなくて寂しい時もあったが、弟が産まれるまでの我慢だと思っていたのでそこまで辛くはなかった。
母さんの具合が良い時は俺はまた自分の「特等席」に座ることができた。
「特等席」から母さんのお腹に耳を当てていると、トンっと頭を蹴られた。
びっくりしていると、母さんと父さんが笑っていた。父さんが俺の頭をくしゃっと撫でる。
ー幸せだった。
あの場所が。
俺だけの「特等席」が大好きだった。
ーけれど
ーその日以来、俺は「特等席」に座っていない。
いつの間にか、家の中には俺と父さんだけがいるようになった。
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