6話 氷解と真実

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+++ 環境化学研究所fog blueの敷地には怪異をはじめ堕落者(アン·シーリー)を防ぐ用途で結界が張り巡らされている。 結界内部にいる人間は庇護対象として恩恵を受けられるが、ひとたび結界外に出た非術師に待ち伏せているのは怪異からの執拗な攻撃の末に訪れる、非業の死だ。 ハイヒールの雑音を立てて歩く足が今、重厚に張り巡らされている結界を抜けた。 黒く(けぶ)る“悪意”を全身から立ち昇らせながら歩く女の後を、大小様々な容姿をした怪異が己の取り分を算段しながら漫ろ歩いていく。 【アレは的場の出来損ない…】 【喰うても旨くはないがなあ…】 【斯様に怨念を纏って、ヒヒヒ…人間は恐ろしや】 【どうするどうする】 【我はアタマを】 【肝をもらおうか】 【よし、ならば左腕を】 【わしは右じゃ】 【つまらぬ怪異(ヤツ)に邪魔されても敵わん、しばし着けやれ】 【そうさな】 …そんな事など露知らず、職場を出奔した長谷川さやかは1時間半かけて到着した最寄り駅でタクシーを降り、自宅付近の公園内を肩を怒らせて歩いていた。 「…ああイライラするっ…あの新入り、ナメた態度しやがって」 雨上がり特有の湿った匂いが漂う薄暗い公園を歩いていると、普段は誰も居ない園内に見慣れない女性が佇んでいることに気が付いた。 藤棚に接した四阿(あずまや)に佇む女は茫洋と焦点が定まらず、というふうで───まるで幽霊のようだ。 いや、幽霊なんて生まれてから一度も見た事も感じたこともない。だからこそ「無能」と的場の家から追い出されたのだから。 そんな能力、持っていないハズだ。 言い知れない焦燥に駆られた長谷川さやかは、脇目も振らず全力疾走で公園を出た。
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