Ⅰ、覚悟

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「あ‥いや。そう、俺が勝手に呼んでる」 「トラミンかー。可愛い名前だねぇ、僕もそれで呼ぼうっと」  ふふふー、と嬉しそうに笑って、虎は俺の頬から両手を外し肩に腕を回す。 「でも、そのトラミンが、虎が最近様子がおかしいのと、どんな関係がある?」 「うーん」  すりすりと俺の頬に擦り寄って、虎は難しい表情を浮かべる。  そして、「うん、」と何か思いついたのか、再び口を開いた。 「僕ねぇ、叶芽に今まで隠してたんだけど‥」 「……?」 「触れない物が触れるんだよ」 「――触れない物が、触れる?」  虎の言葉を反復した俺に、彼は肯定するように背に回した腕に力を込め、言葉の続きを口にした。 「僕がもともと、見えないものが見えるのは……知ってるでしょう?」 「ああ。散々脅かされたからな」 「あはっ、ごめんね。叶芽って楽しいから」  積年の恨みに、皮肉たっぷりで答えたつもりだったのだが、どうやら虎には全く効果が無いようだ。 「でね、その延長線なのかな。最近‥触れない物が触れるようになっちゃったんだよ。……それは幽霊って呼ばれる物だったり、色々」 「うん」  頷いた俺をギュッと抱きしめ、「それで、」と一段声を低くして彼は続けた。 「それで、最近……だと思う。僕は多分、触っちゃいけない物を触っちゃったみたいで」 「触っちゃいけない物?」 「うん、本格的に、一発で僕が壊れるような――何か」 「それって……」  それが、虎が少し変化した理由なのか?  そう問われれば、俺はその言葉を肯定も否定も出来ない。何故なら、今現在、俺の目の前に居る虎は……以前通り、そのままの虎だからだ。  以前通りの‥“俺が放置し続けて来た虎”だ。  温かくて、安心させてくれて、家族の一員の様な――そんな彼を失いたくなくて。“俺がそのままにし続けて来た虎”だ。 「虎……、」  本当は、もっともっと早く、俺はきちんと決断すべきだったのだと思う。  虎という人間の心の内側に入って、虎という人間を理解して、……そして知るべきだったのだ。
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