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それに今の時間帯であれば、逢魔ヶ時(おうまがとき)という言葉もある。……つまり、悪い方向にばかり考えて居たから、魔にひきつけられたのだろう。
そう自分自身で結論付け、俺は肺の中の空気を一気に外へと吐き出した。
その俺を、ジッと見つめて居た乙月は……不意に、俺の頭の上へと手を乗せ、一度、二度‥と、たどたどしく頭を撫でる。
「乙月?」
「――こういう時、経験不足な自分が恨めしいです。先輩を碌(ろく)に慰める事も、甘やかすこともできない」
そう悔しげに呟いた乙月に、俺は思わず笑ってしまった。
「笑わないでください……。俺にとっては結構、死活問題なんですよ」
そして彼はそう言うと、俺の頭の上から手を退かして、不機嫌そうに眉を顰(しか)める。
もちろん、その表情に更に俺が笑ってしまったのは、どうしようもない。暫らく笑った後で、俺は乙月の頭をグイッと引き寄せると……胸に抱き込み、ストレートの手触りの良い髪を撫でた。
「乙月の専売特許は“甘える事”だろ」
「……、何だかそれはそれで嬉しいです」
「それは良かった」
ふふふ、と得意気に笑う俺に、乙月は諦めた様にポテンと頭を寄り掛からせた。
「もう、明日ですね」
「そうだな」
そう答える俺に、乙月はふと‥視線を俺の横へと移動させ、背後に置いてある俺の鞄へを目を向けた。
「先輩、ずっと気になっていた事を聞いても良いですか?」
「うん?」
小首を傾げ、続きを促す。
その俺の仕草に、続きを話して良いと取ったのか、乙月は俺の鞄を指差し、口を開いた。
「以前、風紀委員総括に貰った本を、未だに持ち歩いていますか?」
「洋斗に、……ああ。あれなら、常に持ち歩いてる」
“洋斗に貰った本”という言葉に、一瞬何のことかと考えてしまった。
乙月が言って居るのは、多分“とりてが落とした本”の事だろう。
相変わらず中は真っ白だし、特に何かが書かれている訳では無かった為、部屋に置いておくのも心許無く……以前、湊先輩が貰った栞と一緒に持ち歩いて居たのだ。
それが、どうかしたのか?と目線で問うと、乙月は一瞬考えるように俯く。そして、顔を上げた彼はこう言った。
「見せて貰っても、構わないでしょうか?」
「え? ん……ああ、別に良いよ」
以前にも見せた気がするけれど。
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