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高い高い塔の上で、長い髪を垂らし続ける塔の上の人。
その髪に掴まり、塔の上へと登って行く王子。
けれど、その漆黒の髪は途中でプツリと音を立てて千切れ、王子は地面へと強かに体を打ちつけた。
しかし彼は思う。
――それでも自分には、無いのだ、と。
だから彼は高い高い塔を見上げ、こちらを心配そうに見つめる塔の上の人に向けて両手を広げた。
「飛び降りて、来て」
この腕の中へ。
そう懇願すると、塔の上の人は泣きそうな顔でこう言う。
「そんな事をしたら、お前が傷付く」
けれど王子は思うのだ。
その位でなければ、おかしい自分はきっと‥塔の上の人を手に入れても傷付け続ける。全てが解らず、全てに後悔する。
だからこそ彼は切に願う。
「それでも良い。違う、その位じゃないと、僕は‥」
永遠に繰り返し続けることしか出来なくなる。
「叶芽が居なければ、僕は……」
◆
ドガッと地面に背中を強かに打ちつけた。
よくよく覚えがある感触に、彼――斉藤 虎之助(さいとう とらのすけ)は眉間に、むぅ‥、と皺を寄せ、若干寝起きでぼやける視界をこしこしと擦る。
(夢、だ)
また同じ夢を見た。
高い高い場所に居る、誰か(誰かと言うより、彼が何よりも特別だと認識している、神無月 叶芽(かんなづき かなめ)の事なのだが)を求めている夢。
その夢を繰り返し見るごとに、彼は叶芽という存在の重要さを重々に理解し始めていた。
――そして解ったのだ。
彼は自分にとって特別なのだと。
正し、虎はそれを表現する言葉を、“好き”と一言に纏めるしか無いのだが。それはひどく歯痒く、どうしようもなく辛い。
だからこそ、その自分の苦しさを軽減する為に――彼の周りに存在する全てを消し去り、自分だけを彼に干渉するたったひとりの人間にしてしまいたくなる。
でもきっと、それは……叶芽を苦しませる。
(それだけは‥僕自身が僕自身を赦せない)
しかし、そんな思いに反して、想えば想う程に彼の中で想いに比例した黒い感情が渦巻くのも感じて居る。
それを押さえようと思っても、一度自分を手放してしまえば、簡単にこちらに戻ってくる事は出来ない。
「叶芽、……叶芽、」
数度、彼の名前を呼ぶ。
それだけで、乱れ始めて居た彼の心は、幾分落ち着いた気がした。
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