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「叶芽……」
けれど、これもまた矛盾する。
名前を呼び、落ち着けば落ち着くほどに、彼に会いたくてたまらなくなる。会いたくて会いたくて――苦しいほどに会いたくて。
「虎ちゃん」
「………ッ!!」
不意に呼ばれた声に、虎はハッとしてそちらの方向へと目線を向ける。
するとそこには、黒く光る綺麗な黒真珠の様な瞳が在り、こちらを見つめて居た。
すぐさま脳内で、それが誰であったのかを叩き出す。
「洋斗、」
「落ち着いた?」
「……叶芽は?」
自分の名前を呟いたかと思えば、すぐさま彼が一番に求める人の名を呼ぶ。そんな虎の姿に、川柳路 洋斗(せんりゅうじ ひろと)は苦々しく笑い、彼のミルクティ色の髪を乱暴に撫でた。
「かなちゃんは、今頃自分の部屋」
「僕と同じ部屋、でしょう。なのに、どうして叶芽は、今、ここに居ないの?」
「虎ちゃんが暴走してるから」
そう短く答えた彼の言葉に、虎は「ああ、」と答えた。
一応はこの寸前まで自分が何をして居たのか、覚えては居たのだ。
自分自身が制御できなくなり、憎しみと、怒りと、――解る筈も無かった痛みに支配された瞬間、目の前が真っ黒に染まった事を。
「僕はあの後……洋斗に連れて来られて、」
「ああ」
「その後、委員の執務室で何度も眠った」
「その通り。しかも数日経過してるよ」
こくりと頷いた洋斗に、虎はゆっくりと微笑んだ。
そんな表情を浮かべる虎を、洋斗は苦し気に見返し、ギュッと瞳を閉じた。
「虎ちゃん、……ごめん」
余りにも苦しげに呟く彼の姿に、虎は小首を傾げる。
「僕を解放した事で、僕が変になってるって、責任感じてるの?」
「それもある」
「……他には?」
ならば他に、彼が彼らしく無い表情を浮かべる理由があるのだろうか。
そう思って聞いてみると、洋斗は意外な返事を返した。
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