Ⅰ、覚悟

5/13
前へ
/69ページ
次へ
+叶芽+  彼――つまり、斉藤 虎之助という人物との付き合いは、実を言うと彼が“今の彼”になってからの方が長い。  過去の彼は、容姿にこそ恵まれていれど、人を寄せ付けず、大体の人間を拒絶して居たのだ。  それが‥とある日を境にして、壊れた。  千里と俺、それから虎。同じクラスにあれど、交わる事の無かった俺たちの関係。それに終止符を打ったのは、いつの事だったのか……。  淡い雪が降る季節だったような、薄桃色の花が散る頃だったような。  何とも俺の記憶は曖昧だった。 ◆  後で行く!と言ったは良いが、……果たして、彼はきちんと風紀委員の執務室に居るのかどうか。  寧ろ居ない確率に賭ける方が正しい気がするのだが。  洋斗自身、萬部との連携であんみつ祭での警備強化には、ここ最近忙しく動き回って居る――と、乙月の友達であり、萬部の部員であるゆん君から聞いた。  同じクラスのクラスメートだというのに、誰かから聞いた噂、という時点で既に危ういのだけれど……。“未だに圏外”という洋斗に関して言えば、この際、彼を信じて行くしかない。  そう決断した俺は、風紀委員の部屋の前に立ち――ノックをすべく手を上げた。 「………、」  一度息を吸い込む、そして思い切り吐き出す。 「………、」  心を落ち着けるように、もう一度息を吸い込み、吐き出す。 「……虎、」  そして、吐き出す息と共に無意識下で紡ぎ出された名前。その名前をポツリと呟いた瞬間、 「叶芽ぇー!」 「痛ッ!!」  外開きの扉がガチャッと音を立てて開き、俺の顔面を見事に抉ってくれた。  正直、何度目だろう。  ……彼との再会はいつもこんな感じな気がするのだが、気のせいか。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

212人が本棚に入れています
本棚に追加