いつの間にか始まる物語

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その頃、兄が担任に追い回されているとも知らないシオリは、後ろの席にいた生徒を目にして固まったままだった。 一方で、シオリに見られている彼女も、目を見開いて固まっている。 周りから見たら、無言で意思疎通をしているのではないかと勘ぐるほど、二人は無言で固まっていた。 (な、何か喋んないと…) シオリは必死に話をしようとするが、言葉が喉から出てこなかった。 先程まであった独特の雰囲気は、読書を中断してから発せられていない。 怖がる必要もないはずだ。 「あ…えと…。」 「ッ」ビクッ シオリは頬を掻きながら、どうにか話題を探そうとする。 だが、シオリが言葉を発した瞬間、彼女は怖がるように肩を震わせた。 それに気づいたシオリは、慌てて手を振る。 「な、何もしないから!…そんなに怖がらないで、ね?」 ビクビクする彼女が、どことなく小動物に見える。 いつもなら、ここで尻込みして会話が成立せずに終わっていた。 だが、もう”あの頃”の私じゃない。 シオリはギュッと右手を握り締め、口を開いた。 「え、えと…。なんの本読んでるの?」 シオリは彼女が持っていた本を指さす。 相手が持っているものなら、少しは会話も続くんじゃ… 「これ、これはその…。本…です。」 「う、うん…。」 今にも消えそうな声で、本を持ち上げる彼女。 彼女の喉から出てくる声は、本当に小動物のように可愛かった。 彼女は本を持ち上げると、ほんで口元を隠すようにする。 そして、恥ずかしそうに視線を横にそらした。 「推理小説…です。」 「ミステリーが好きなの?」 「えっと…、はぃ。」 本当に、今にも消え入りそうな声。 シオリはそんな彼女を見ていると、何故か安心感と親近感が湧いてきた。 母の家が養護施設を建てていて、私も母に連れられて何度か足を運んだことはある。 目の前の彼女は、その施設の中で見てきた子供たちに似ていたのだ。 この子も私と同じで恥ずかしいだけ… 自然と頬がほころび、気づけば右手を彼女に対して差し出していた。
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