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「だれって聞かれても、さっき呼んだじゃん。あたしのこと聞いてるんでしょ?」 自称久美と名乗る彼女は、包丁を引っ込めて、ゆっくり立ち上がった。まだ相手が凶器を手に持っているから、健吾は警戒を怠れない。 手をかざして、防御姿勢をとりながら、臨機応変に動けるように健吾も立ち上がった。 似ているけど、彼女とは明らかに違う。 「奈々は? ここにいないの?」 「ちょっ、うぉっ」 彼女は包丁を持ったまま、健吾の目の前を素通り、居間に続くドアを開けた。刃物恐怖症になってしまう。 「電気どこよ。ななー、居ないのー?」 殺人未遂で訴えてやろうか。久美と瓜二つの顔でなければ、健吾はすぐに警察に連絡していた。 居間の明かりを勝手につけられ、謎の女は部屋を探り始めた。クローゼットを開け、カーテンの裏を調べる。 「あのー……久美ちゃんのご家族の方っすか?」 他人行儀に怯えながら健吾は問い掛けた。女は動きを止めると、クルッと身体を健吾の方に向け、前進した。その右手にはまだ包丁が握られている。 「わー! ごめんなさい、ごめんなさい」 迫り来る女に健吾は退く。女は健吾を再びスルーし、バスルームの中を調べた。 「なんだよ。もぅ」 腰が抜けた時の反動が痛みとして背中を襲った。腰に手を当てながら、健吾は溜め息を吐いた。
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