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風呂場から物が落ちる音が聞こえる。洗面器を浴槽に落としたときに、健吾は同様の音を聴いた覚えがあった。 「居ないか。ねぇ、あなたの家はここだけ?」 「は、はい」 居間に戻ってきた女の質問に、健吾はすぐ答えた。室内を土足で平然と歩き回られても、止める気にもならない。 まずは刃物を刺される可能性を0にしたかった。 「それ、しまってくれたら……ありがたい」 健吾は包丁を指差しながらお願いした。逆上されて逃げる際は、窓を突き破って脱出する覚悟だった。 丸腰の人間が刃物を持つものに挑むには、アパートの二階から飛び降りる以上の覚悟が必要。暴力と無縁の生活を送ってきた健吾にとって、足の骨が折れる程度の自傷は覚悟に値する。 窓を突き破る勢いや、窓ガラスの破片は計算していない。 「あ、ごめんごめん。これ100円ショップで買ったんだ。悪いやつは脅しとかないとね」 女は笑いながら包丁をゴミ箱に投げ捨てた。健吾はやっと安心し、面と向かって話せる状態を築く。 聞かなければならないことだらけだ。
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