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2013年5月11日、土曜日の22時。 代わり映えしない駅前の賑わいをスーツ姿の青年が横切った。かかとの磨り減った革靴で、舗装された道路をコツコツと音を鳴らし、軽快に歩く。 青年の名は長谷川健吾、広告代理店に勤める垢抜けないサラリーマン。 健吾は仕事の行き帰りに疑問を感じていた。自分と同じように、いや、自分以上に疲れているだろう大人たちの表情と動きのズレ。 顔は今にも死にそう。身体は鞭打たれたように素早く動く。死相を浮かべた表情で都会の速さに適応し、顔色と真逆の行動をとる。中でも電車の乗り換えに走る集団は、特に理解ができなかった。 大学を中退し、働き始めて早くも2年が経った。独り立ちしても、仕事の行き帰りの光景が、健吾にまだまだ自分が青いことを自覚させていた。 いつもと同じ帰り道を進む。しばらく歩き、人気が少くなると、健吾の足取りは半減した。 コンビニに寄り、夜食の弁当とタバコを買う。二十歳前後までは読んでいた漫画雑誌も、久しく手に取ってすらいない。 どハマりした漫画の展開の先が、生きる糧の一つだった頃。戻れるなら、戻りたい。 しかし、健吾には新しい生き甲斐があった。 通勤鞄と弁当が入った袋を別々に持ち、家路を進んだ。
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