§ 序章 §

114/270
前へ
/391ページ
次へ
俺を見る翔太の目は、数秒前と同様、三日月形に見開かれていた。 怒りの感情がこもった目でこちらを……と思ったが、何か様子がおかしい…。 ……さっきよりもさらに大きく見開かれたあの目から感じとれるのは、“ 動揺 ” ……? ……それにヤツが見ているのは、俺じゃなくて、“ 俺の後ろのほう ” ……? ……なぜ……? そこまで考えかけた時、翔太の唇がわなわなと震えだしていることに気がついた。 「…や…ばい…」 …や…ばい…? 不思議がる俺の目の前で、同じ唇が、今度はさらに大きく開かれる。 「やばい…!! 運転手さんっ、何やってんだッ!!?」 パニックを起こしたような口調で独り言を言う翔太。 続けて、背後の良雄と左側手前の座席のほうを向き、叫ぶ。 「…良雄くんっ、智紀くんっ!! 早くシートか何かに全力でつかまって!! …あと七夜くんっ、キミも急いでっ!!」 「……?」 …はじめ、翔太が悪ふざけをしているのかと思った。 翔太の真後ろに座る良雄も、同じようなことを考えたらしく、呆れた口調で言う。 「はぁ? 何ワケのわかんねぇこと言ってんだぁ?翔太ぁ?」 自分も良雄と同じ立場なら、おそらく同じ言葉を口にしていただろう。 しかし、焦りを帯びた翔太の表情からは、悪ふざけだとか演技だとか、そんな様子は一切感じられない。 あれがもしウソや演技だとしたら、俳優になれるレベルだ。 翔太はさらに、なぜか手前にあった座席の背もたれにつかまりながら、バス中に響き渡るような声で叫んだ。 「こっ、このバスっ……ガードレールに向かって突っ込んでるッ……!!! あ…あと数秒でぶつかるッ……!!! 助かりたい奴はッ、近くにある何かに急いでつかま…」 翔太の叫び声は、そこで途切れ──。 →【】
/391ページ

最初のコメントを投稿しよう!

110人が本棚に入れています
本棚に追加