1633人が本棚に入れています
本棚に追加
あの夜から裕也はよく夜の街に現れるようになった。
特に何をするでもなく、ただ隣にいてとりとめのない話をするこの時間を、蓮は思いのほか気に入っていた。
今日も、とりとめのない話をしながら過ごしていたのだが、不意に裕也が何かに気付いたように目を細める。
「で…。」
いきなり裕也は蓮の肩にポンと手を置くと、そのままグッと力を込めた。
その不意打ちに、一瞬蓮の顔が痛みに歪んだ。
「…っつ。いきなり何すんのかなー、裕也クン?」
「お前、また怪我してるのか。」
「あぁ?」
問い掛けというよりも最早確認に近いその言葉に、蓮の眉間にしわが寄る。
「さっきから無意識に右肩を庇っている。動きも微妙にぎこちないな。そこそこ深い傷なんだろう。」
「あー…いや、別に大した傷じゃない。」
「お前の『大した傷じゃない』を俺は何回聞いたんだろうな。
確かお前がこの前言ってた『かすり傷』は、実際見てみれば確実に銃弾がかすったような傷だった訳だが。」
「俺にとってはかすり傷なんだよ。あんなんでいちいち病院行ってたらきりがないんでね。」
「…本当にお前はどういう生活をしてるんだ。」
「内緒。」
こうして二人で時間を過ごしてはいてもお互いの過去や生活は詮索しない、最初に会った時、それが蓮から裕也への宣言だった。
そしてその言葉の通り、蓮は一切自分のことについて話そうとはせず、また裕也について尋ねることもしない。
時に気まぐれで裕也の質問に答えることもあるが、いつも飄々としていてその答えが本当なのかは定かではなかった。
「とりあえず傷見せてみろ。」
「ははっ、やだね。」
ふいっと顔を背ける。
まったく、裕也は淡々とした口調に反して面倒見がいいというか、自分が心を許した相手には甘い。
憎まれ口を叩きながらも裕也が自分のことを本気で心配してくれているのは理解している。
しかし蓮は、裕也から当たり前のように向けられる優しさに戸惑ってしまう。
今まで、他人から無条件の優しさを向けられることなどなかったから…。
最初のコメントを投稿しよう!