誘惑と疑惑

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「やっ…やだ…柴田君っ!?」 押さえていたのは右腕の上腕部。 シャツは裂け血が滲み、指の隙間から雫が幾滴も落ちていた。 どうしてこんな事になったのか。 恐怖よりも後悔と焦りと罪悪感が、私の胸をぐちゃぐちゃに掻き乱し押し潰す。 「ふははっ、ザマァミロ!さっきまでの威勢はどうしたよ!?」 そして尚もナイフをチラつかせる男は、勝ちを確信した足取りで悠々と、倒れたままの私達に近付いて来た。 「っ、…」 為す術無く身を竦ませる私に柴田君は、 「…大丈夫です。主任は、俺が守りますから。」 優しい声色で小さく呟くと男を睨み付け、 「嫌がる女を無理矢理拉致って、ステゴロにエモノかよ。とことん最低な野郎だな。」 傷から手を離しフラ付きながら、また私を庇って前へ立つ。 ーーもうやめてっ!私なんかの為に傷つかないで!! 叫ぼうとした寸前、 「まだ足りねえってかあ!?」 激怒した男が柴田君に向かって、大きく腕を振り上げた。 「ーーダメよっ!」 同時に鈍かったはずの身体が反応して… 二人の間に飛び込み柴田君に身体がぶつかったその後は、スローモーションで景色が流れた。 目の前には怒り狂った男の顔。 迫り来るナイフの先端。 刺されるんだ、と思った。 それでいい…とも。 でもそれは決して、自分の為に誰かが傷付く事が嫌だという正義感なんかじゃなくて、これで全てが終われば楽になれるのだという、卑怯な逃げでしかなかったのだけど。 想像を絶する程の与えられるであろう痛みに、ギュッと強く目を閉じる。
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