誘惑と疑惑

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これがテレビや映画に出て来る絶対無敵のヒーローなら。 達人級の強さだったり颯爽と仲間が助けに入ったりして悪人を一掃する、なんて展開なんだろうけど…現実は甘く無いらしい。 生身の勝負なら、柴田君の勝ちだった。 なまっちょろい拳を軽いフットワークで否し、重い一発がそれぞれの顔面へ確実にヒットする。 「アギャッ!」 「ウギャッ!」 瞬殺された男達は痛みのあまり奇声をあげて転げ回り、呆気なく戦意を喪失したように見えた。 「おい、お前。」 柴田君の噛み付くようなキレた視線が、スッとこちらを向く。 「…っ!…」 私を拘束していた男が息を飲んだ。 「離せって、言ったよな?」 「クソッ、あいつら情けねえ…っ!」 一歩、また一歩と力強く歩み寄る姿が頼もしく見えて…視界が滲む。 「柴田く…っ、」 するとその時、 「ーーオラッ!」 「きゃっ!?」 何を思ったのか追い詰められた男が、私を乱暴に前へ突き飛ばした。 唯でさえ覚束ない足が、咄嗟に動く筈も無く。 「主任っ!」 間一髪、宙に浮いた身体が地へ落ちる寸前で、滑り込むようにして柴田君が抱きとめてくれる。 その刹那、 私を抱えたまま無理矢理反転したかと思うと、 「う、ぐっ…!」 上からはくぐもった呻き声が漏れて、腕の力が弱まった。 「……?」 どうなったのか理解出来ず、柴田君に覆い被さられた状態で彷徨わせた視線の先には… 恍惚とした表情を浮かべた男が、血のついたナイフを握ってネオンの明かりに照らされていて。
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