告白と繋縛

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口元を大きな手で隠しているけど、目尻は垂れ肩が震えていた。 「そんな怪しい格好で、良く乗せてもらえましたね…ぷふっ。」 「…煩いわね。」 だって他に思い付かなかったんだもの。 全体をじっくり眺めれば確かに変なバランスだろうけど、わざわざ足元を見せびらかして行動する訳じゃあるまいし、幸いな事に運転手さんにも最後までバレなかったようでラッキーだった。 「怪しいと思うなら尚更、早くお邪魔させてくれないかしら?」 コンビニ袋を片手にぶら下げた草臥れスーツ姿のスリッパ女が、若い男の家を訪ねているこのシチュエーション。 他の住人にでも見られようもんなら、あらぬ噂が立つ事請け合いだ。 「そっスね、すんません。散らかってますけど…どうぞ。」 「お邪魔するわね。」 ドアノブを握ったまま、大きな身体が端に寄る。 擦れ違うように一歩進めば、外観からの想像通りの狭い玄関に並ぶ革靴やスニーカー等があった。 そして一望出来る空間には茶の間と台所が。 奥にトイレとお風呂、左側にプライベートルームらしい閉じられた空間もあるようだ。 室内から仄かに、柴田君が纏う柑橘系の爽やかな香りが漂う。 「適当に座って下さい。飲み物でも入れますから。」 …適当って言うのが一番困るのよね… 部下とは言え、初めての御宅訪問で家主の愛用ポジションに座るような無神経な真似はしたくない。 これってやっぱり上座だの下座だのに拘る、会社員のサガだと思う。 「クスッ、どっちでもいいですって。俺、拘り無いスから。」 そう言われて腰を下ろしたのは本棚側。 「お茶と珈琲、どっちがいいっスか?」 「あ、お構いなく。飲み物買って来たの、ペットボトルのお茶だけど。」 お弁当にお茶は定番でしょ。 それに怪我人からもてなされるのは、物凄く気が引けるしね。 「スンマセン。」 「いえいえ、これくらいはね。」 台所に立とうとした柴田君が、目の前に胡座を組んで座った。 温くなったペットボトルを先に置いて、後から取り出したのはボリューム満点の唐揚げ弁当と海老グラタン。 と、最後にもうひとつ。 隠すように下げていた別袋から取り出したのは、六個入りパックの赤玉子だ。 「卵焼きっスね!うわっ、やったぁ!」 まだ作ってもいない内から子供みたいに目を輝かせている。 「味の保障はしないわよ?」 「主任の手料理なら毒入りでも食うっスよ。」
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