国護獣・ネイラ

3/10
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
少女が困惑していると、 突然腕を引っ張られ、誰かに抱きしめられた。 その時のふわりとした薔薇の香りと感触で、少女はすぐに少年だと分かった。 「大丈夫だよネイラ……大丈夫。 ……いつかまた会おう。 例え今世じゃなくても、 僕達ならきっと会えるよ……だから大丈夫だよ」 少年の何の根拠もない「大丈夫」だが、 それは少女にとって、いつもおまじないのように、とても落ちつく一言だった。 少女は目を開け、頭を上げると少年を見て笑った。 普段から少年に見せている明るい笑顔だ。 「ありがとう」 少年はそう言うといつものように笑い、 少女の顎に手を添え、額に軽く口付けた。 「大好きだよ。 僕は君のことをいつまでも忘れないから、 君も僕が居たことを忘れないでいて……」 少年の身体が離れると、 室内のひんやりとした空気が二人の間に流れた。 少女はにじむ視界で、 去っていく少年の後ろ姿を見つめた。 (行ってしまう……妾は結局、 あやつのために何もできぬのか? このまま、見殺しにするのか? ……) 少女は悲しみが、 全て怒りに変わっていくのを感じた。 (許さぬこの国も民も全て! あの者を裏切ったこの世界なぞ、 全部壊してやる!) 少女は国が認めるほどの不思議な力を持っている。 その力で、今すぐにでも周りの者達を蹴散らし、少年の元へ駆けつけたかったが、出来ないのだ。 少女の弱点を突いた巧妙な術は力と動きを封じ、そう簡単には少女を解放してはくれない。 (……っ、妾は……許さぬ、絶対に……) 心が黒く塗り潰されていき、 力が暴走しそうになる感覚と、 遠のいていく意識の片隅で、少女はもう一度前を見た。 そこには少年が扉を開けて、 王の間から出ていく姿が見える。 「行くな……妾を……置いて行くな……」 思わずそう呟いた声は、 周りの音に掻き消されてしまいそうなほど、とても小さなものだった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!