6/7
前へ
/7ページ
次へ
「少し話しませんか」  それが彼女の最初の言葉だったよ。  まさか、彼女の方から話しかけてくるなんて僕は思ってもいなかったから、たいそう間抜け面で頷いていたと思うね。  彼女の話は意外なことに、よくある世間話みたいなものだった。口には出さなかったものの、拍子抜けしたよ。  恥ずかしながら、僕はこのとき彼女を警戒していたんだ。  考えてもみてほしい。  初対面の可愛らしい女子高生に、少し話しませんか、なんて言われたんだ。僕じゃなくても、何か訳ありだな、と警戒したんじゃないかな。  まあ、裏を返せば、僕がそれだけ女っ気のない生活を続けていた、ってことなんだけど。  ……おっと、その話は、今は関係なかったね。  話を戻そうか。  とりあえず、少し警戒しながら彼女の話を聞いていた僕なんだけど、しばらくしてあることに気づいたんだ。  それは、彼女の話は、そのほとんどがこのアパート近辺の出来事だってこと。  いつ頃にツバメの巣ができたとか、一時期は花粉が酷かっただとか。  一見、どこでも成り立ちそうな話なんだけど、実際にここに住んでいる僕からするとそれがよくわかった。  彼女の話は驚くほど正確に、このアパートの歴史をなぞっていたんだよ。  それに気づいたとき、僕はびっくりすると同時に納得したね。  ああ、この子はアパートに住んでいる誰かの、親戚かなにかなんだなって。  最近はよく、お隣さんの顔すら知らないっていう人が増えて、地域の付き合いってものはかなり減少している。  そんな今の時代では珍しいことに、このアパートの住人は交流が盛んなんだ。  だから、僕にこの考えが浮かんだときも、何人かの顔が頭に浮かんだわけ。  それで、こう尋ねたんだよ。 「君は、誰の知り合いなんだ?」  この言葉に彼女はしばらくポカンとしていたけど、ようやく理解できた、という表情でこんなことを言った。 「えっと、みんなが、アパートの人たちみんなが知り合いです。会話をしたのは、あなたが初めてですけど」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加