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「少し話しませんか」
それが彼女の最初の言葉だったよ。
まさか、彼女の方から話しかけてくるなんて僕は思ってもいなかったから、たいそう間抜け面で頷いていたと思うね。
彼女の話は意外なことに、よくある世間話みたいなものだった。口には出さなかったものの、拍子抜けしたよ。
恥ずかしながら、僕はこのとき彼女を警戒していたんだ。
考えてもみてほしい。
初対面の可愛らしい女子高生に、少し話しませんか、なんて言われたんだ。僕じゃなくても、何か訳ありだな、と警戒したんじゃないかな。
まあ、裏を返せば、僕がそれだけ女っ気のない生活を続けていた、ってことなんだけど。
……おっと、その話は、今は関係なかったね。
話を戻そうか。
とりあえず、少し警戒しながら彼女の話を聞いていた僕なんだけど、しばらくしてあることに気づいたんだ。
それは、彼女の話は、そのほとんどがこのアパート近辺の出来事だってこと。
いつ頃にツバメの巣ができたとか、一時期は花粉が酷かっただとか。
一見、どこでも成り立ちそうな話なんだけど、実際にここに住んでいる僕からするとそれがよくわかった。
彼女の話は驚くほど正確に、このアパートの歴史をなぞっていたんだよ。
それに気づいたとき、僕はびっくりすると同時に納得したね。
ああ、この子はアパートに住んでいる誰かの、親戚かなにかなんだなって。
最近はよく、お隣さんの顔すら知らないっていう人が増えて、地域の付き合いってものはかなり減少している。
そんな今の時代では珍しいことに、このアパートの住人は交流が盛んなんだ。
だから、僕にこの考えが浮かんだときも、何人かの顔が頭に浮かんだわけ。
それで、こう尋ねたんだよ。
「君は、誰の知り合いなんだ?」
この言葉に彼女はしばらくポカンとしていたけど、ようやく理解できた、という表情でこんなことを言った。
「えっと、みんなが、アパートの人たちみんなが知り合いです。会話をしたのは、あなたが初めてですけど」
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