不幸中の幸い

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「飯は?」 「おにぎり、一つ食べたよ。」 「腹減ってない?」 「減ってる。」 和人に会ったら安心したのか、私は空腹と眠気を感じていた。 「ラーメン食いに行かない?」 「いいね、連れてって。」 「おぅ。」 和人とは以前、仕事で知り合った。 私が取材先のスポーツクラブへ行った時、最初に私が話しかけたのが、たまたま和人だった。 名刺を交換して、挨拶をして、中へ入れてもらった。 その日の取材は、「スポーツジムに通ってきれいに痩せる」だった。 私は痩せているけれど、産後太りや中年太りをした人のための企画だから、年齢的にちょうどいいだろうと、編集長が私を指名した。 私が勤めている出版社は、タウン情報誌を発行している。 写真撮影をして、文章も構成も私だけでやり、4ページにも及ぶ企画だ。 いつも、プレッシャーよりも、やりがいを感じている。 スポーツジムの取材は2時間以上に渡り、取材を終えて、スポーツクラブから出ようとした時、髪の毛が少し濡れた和人がいた。 スイミングを教えていたようだった。 「お疲れ様でした。」 口数は少なく、表情は豊ではないものの、やはりコーチだけあって、愛想はいい。 「ありがとうございました。」 私がそう言うと、和人は、 「今度はスイミングかテニスの取材もお願いしますよ。」 と言った。 「編集長に言っておきますよ。なんなら、メインで取り上げますか。」 私は、結構ノリのいい方だと思う。 ノリがよすぎて、話が尽きなく続いてしまうので、時々反省している。 「俺メインにしても、誰も喜ばないっすよ。」 少し恥ずかしがりながら、和人は自分の頭をかいた。 私の編集部のおじさま達にない爽やかさが、ステキだなと思った。 それが、私と和人の出会いだった。 出会いといっても、このときはもちろん、なんとも思っていなかった。 取材先にたまたまいた人で。 明らかに、かなり年下で。 私はまだ、離婚していなかったし。 取材の翌日、私の携帯電話に登録されていないメールアドレスからのメールが届いた。 『昨日は、取材お疲れ様でした! 雑誌発売されるの、楽しみにしていますね。』 和人からのメールだった。 私が勤めている出版社は、携帯電話を支給しない。 だから自分の携帯電話を使うことになる。 でもその代わり、編集部所属の社員には、携帯電話代が毎月5000円支給されている。
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