不幸中の幸い

4/12

118人が本棚に入れています
本棚に追加
/123ページ
裁判官が言った。 「この続きは、またにしましょう。  今日はみなさん帰った方がいいと思います。」 今日で終わらせたかったのに。 いい加減、終わらせたかったのに。 弁護士に守られるように、私は家庭裁判所を後にした。 夫はもしかしたら、弁護士と私の関係を疑うんじゃないか。 そう思ったら、夫の視線が怖かった。 普段から私は、「男と絶対に喋るな」と言われていた。 あやしいことなんかなにもないし、だいたい男性とまったく喋らないで、生きていけるわけがない。 そう言い返しても、夫は私を睨みつけ、問い詰めてくる。 「俺は陽子ちゃんのこと信じていたのに!」 と、駅で肩をつかまれ、壁に体を押しつけられたこともあった。 会社の企画で、私が、20代の会社男性経営者を1年取材し続けるという話が決まった時だった。 「信じていたのに」と言われても、私はなにも悪いことはしていない。 ただ、会社の指示に従っただけ。 それなのに夫は、 「どうして断わらなかったんだよ!!」 と、私に怒鳴りまくった。 そんな人たちとも、「喋るな」と、夫は言っていた。 仕事はしてもいいと、夫に言われていた。 私は、雑誌編集の仕事をしている。 若い時からずっとやっていて、結婚、出産を経て、復帰した。 仕事柄、「男と喋るな」と言う方がムリだ。 会社には、私以外、女性は2人。 男性は52人いた。 「男と喋るな」という夫の言葉に従っていたわけじゃない。 でも? だから? あなたは浮気していたのですね。 弁護士と駅に向かっている最中に、道路が大きく揺れた。 私も弁護士も、周りにいた人たちも、 思わず座りこむくらいの激しい揺れだった。 遠くで、ガラスの割れる音がした。 「どこかで、窓でも割れたんですかね。」 弁護士が私に言った。 駅前の大きな公園には、たくさんの人が集まって、携帯電話を覗き込んでいた。 電車はすべて「点検のため、運転を見合わせています」ということで、動いていなかった。 この場所から、私の家まではかなり距離がある。 電車を乗り継いで、1時間ちょうどくらいかかる。 でも、復旧の見込みのなさそうな電車を待っているなんて、本当にあてにならないことだと思った。 また地面が激しく揺れた。 公園の外灯があんなにグラグラと揺れるのを見たのは、生まれて初めてだった。
/123ページ

最初のコメントを投稿しよう!

118人が本棚に入れています
本棚に追加