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月明かりの無い真っ暗な夜、青年は人気の無い路地裏を歩いていた。
仕事では普段しないようなミスをしてしまいその処理をしている内に帰りが遅くなってしまった青年は少し急ぎ足で帰路についていた。
「ちょっと、そこのお兄さん」
急に後ろから声をかけられた青年が振り向くと初夏に差し掛かろうかという季節の夜には暑すぎるであろう黒いロングコートを着て深々と幅広なマスクをつけた黒い長髪の女が立っていた。暗い闇の中に一つだけ白いマスクがより口許を強調する。
「なんですか?」
「いきなりで悪いのだけれど、私キレイ?」
突然の問い掛けに青年は眉をひそめる。
「いきなりなんですか?」
「質問に答えて。私キレイ?」
昔から何故かよく厄介事に巻き込まれる青年は面倒そうにため息をついた。
「あー、はいはい。キレイな方なんじゃないですかね。スタイルもいいし髪も長いのに濡れ烏のように艶があるのにここから見るに枝毛もないよく手入れが行き渡っている。こんなに拘る女性がキレイじゃない訳がないですか。少なくとも、俺はそう思いますね」
「…え?あ、あぁそう」
青年の捲し立てるような誉め言葉に調子を乱された女性は一度咳払いをするとマスクに手をかける。
「私がキレイ?こんな顔でも?」
女性がマスクを外すとそのマスクの下に隠れていた口の両端は耳の辺りまで裂けていた。
その顔はあまりにも恐ろしかった。大体の人ならこの時点で逃げ出しているであろう。
しかし青年は数回瞬きをすると真剣な顔つきになり逆に女性の方に歩み寄る。
想定外だったのか、女性も困惑の表情を見せ「え?え?」と戸惑っていた。
青年は女性の目の前で立ち止まり手を振り上げた。女性もハッとしたように身構える。
しかしその手は女性の肩に優しく降りてきた。
「……へ?」
「…た」
「え…?」
「貴女に惚れた!俺の彼女…いや、嫁になってくれ!」
「え?やだ」
これが青年、佐藤悠哉(サトウ ユウヤ)と口裂け女、裂子(サケコ)の出会いであった。
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