はじまりの戯曲

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 雨が降っていた。  漆黒の闇が大翼を広げたような天海が吼えている。 真珠状の礫(つぶて)は大地へと、はたまた街も人の流れも静止した真夜中の路地にも分け隔てなく降り注ぐ。  そんな一間先の遠望でさえ困難な砂降りの中で揺れ動く二つの影があった。  先を往く者は少女。  年にして十八ほど。  腰にかかる金の髪の尾端を赤色のリボンで纏め、耳には紫紺色のピアス。  裾のプリーツが際立つ赤のシャツに革製のボレロ。腰部には様々なアイテムを出し入れするサイドポーチの姿がみえる。  彼女は悪天候の中、雨避けどころか靴さえも履いていなかった。  容赦なく浴びせられる雨の洗礼をその身に受け、髪も服もひどく水を含み、汚れ──それでも彼女は怯むことなく水かさを増した路地を踏み進む。 「待って、待つんだ……リーア!」  背後から迫り来る、もう一つの影の叫声が少女の足を鈍らせる。  二つの距離は徐々に狭まってきている。  しかし、少女は絶対に捕まるわけにはいかなかった。 「来ないでっ、来ないでっ──ソルス! わ、私の、事は、お、お願いだから、……放っておいて!!」  悲鳴に近い少女の嘆願は雨音を切り裂き、路地によく通った。
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