3日目

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―昼 看護師さんの昼食を告げる声によって時間を知る 昔話は途中から俺の創作に変わっていた 今はちょうどベッケンバウアーが全日本チャンネル争い選手権で僅差で優勝を逃し、準優勝を飾ったところだった ここからインカ帝国の王子、ノストラダムスが世界を征服するためにくるぶしを鍛えて宗谷岬に至高のカレーライスを見つけるために旅に出るという一番盛り上がるところなのだが…また今度にしよう それはそうと俺も腹が空いた 下の喫茶店で何か食べてこよう 「なんか食べてくる」 病院食を目の前にしている茜に一言告げて部屋を出た 昼食を食べ終えて戻ってくると俺が呼んだ茜の友達が来ていた 邪魔になると思った俺はそこらをぶらぶらすることに決めた 途中で入院中の知らない婆さんに捕まり、孫の孝志は世界を救う勇者で魔王を倒す旅に出ているという話をされた そんな破天荒な話、作るなよ! 婆さんの長い長い話が終わって病室に戻ってくると茜は本を読んでいた おふくろに差し入れられていたのだろうか 題名は…ある同心の事件簿 時代劇? これは親父の差し入れだな 「友達は帰ったのか?」 俺は戻ってきたことを伝える 茜は本に栞を挟み、顔をあげた 「おかえりなさい…待ってました」 切なげな顔をして俺の目を見る 「待っていた?」 予想外の言葉に驚いて思わず聞き返した 「独りが怖かったんです…」 茜が悲しそうな顔をして下を向いた 「一人?友達が来てただろ?」 それとも友達が帰ってからのことを言っているんだろうか 「あの人達は私を知ってるかもしれない、でも私は…あの人達を知らない…」 茜が一呼吸おく 「今の私の知り合いはあなたしかいないんです」 悲しい目で俺を見た 懐かしい、その目は子供の頃によくみていた 「茜…」 マヌケ面だったかもしれない真面目な顔は俺に似合わない 「面会時間終了ですよ」 看護士さんが部屋に入ってくる 申し訳ないが、もうちょっと空気読んでくれないか? ま、仕方ないか 「茜、明日も来るから」 一言だけ伝えて俺はうつむく茜を置いて帰るしかなかった
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