第一話「自給自足への道」

4/5
前へ
/205ページ
次へ
  「ねぇ、綾子」 食べ終わったアイスの棒をくわえながら、僕は眼鏡を外し汗を拭う。 「何さ大地?」 「もしこの世界が誰かの夢なんだとしたら、その人は随分ご都合主義が好きなんだろうね」 「そりゃ夢だしね。何でもアリだからこその夢っしょ」 「でもその割には、妙にリアルだ。畑仕事をすれば滝のように汗が出る。テレビやネットの電波はこないのに、携帯電話同士なら通話はできる。マヨネーズは腐らないのにアイスは溶ける。現実と同じところとそうでないところ。その線引きはどこでされているんだろうね」 「うーん、難しいことは分かんないけどさ……」 すっくと立ち上がり、綾子もアイスの棒をくわえたまま、僕の傍らにあった鍬を手に取り、軽々と振り回して肩にかけた。 「それくらいで滝のように汗かくなんて大地くらいだよ?」 うん。綾子に意見を求めた僕が馬鹿でした。 「さってと。それじゃあ一仕事しようかな。他でもない大地の頼みだからね」 だってこの子、脳ミソが筋肉でできているんですもの。 ――― 二ヶ月後。 僕の畑は初めての収穫期を迎えた。 「はむ」 綾子が真っ赤なトマトにかじりつく様子を、僕は固唾を飲んで見守った。 決して毒見をさせているわけじゃない。 こんな得体の知れない世界で育ったトマトを食べることが、僕は少し怖いだけだ。
/205ページ

最初のコメントを投稿しよう!

902人が本棚に入れています
本棚に追加