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「ねぇ、綾子」
食べ終わったアイスの棒をくわえながら、僕は眼鏡を外し汗を拭う。
「何さ大地?」
「もしこの世界が誰かの夢なんだとしたら、その人は随分ご都合主義が好きなんだろうね」
「そりゃ夢だしね。何でもアリだからこその夢っしょ」
「でもその割には、妙にリアルだ。畑仕事をすれば滝のように汗が出る。テレビやネットの電波はこないのに、携帯電話同士なら通話はできる。マヨネーズは腐らないのにアイスは溶ける。現実と同じところとそうでないところ。その線引きはどこでされているんだろうね」
「うーん、難しいことは分かんないけどさ……」
すっくと立ち上がり、綾子もアイスの棒をくわえたまま、僕の傍らにあった鍬を手に取り、軽々と振り回して肩にかけた。
「それくらいで滝のように汗かくなんて大地くらいだよ?」
うん。綾子に意見を求めた僕が馬鹿でした。
「さってと。それじゃあ一仕事しようかな。他でもない大地の頼みだからね」
だってこの子、脳ミソが筋肉でできているんですもの。
――― 二ヶ月後。
僕の畑は初めての収穫期を迎えた。
「はむ」
綾子が真っ赤なトマトにかじりつく様子を、僕は固唾を飲んで見守った。
決して毒見をさせているわけじゃない。
こんな得体の知れない世界で育ったトマトを食べることが、僕は少し怖いだけだ。
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