序章 飛んで火を撒く夏のムシ Evil_Nest.

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 初期こそ取扱いの機密レベルは家庭用電子機器の科学技術など小さなものであったが、今では第一級の国家機密に接近するまでその規模は拡大し、学園都市側も最早これを無視できなくなっていた。  そして動き出したのが『グループ』。一方通行がこれから会うのは、そのフリーマーケットの取引相手になる「パレット」(勿論これは偽名だが)という男だ。  暗く狭い路地を抜けると、周りのビルより頭一つ高い廃ビルの前に出た。元はどこかのIT企業のオフィスだったらしき割と新しめの立派なビルだ。  流麗な曲線アーチが出迎えるゲートを筆頭に角のとれ、丸みを帯びた現代的造形美、白を基調とした落ち着きのあるカラーリングは設計者の拘りを感じさせる。このまま廃ビル群に埋れてしまうには勿体ない、と思わせるほどそのビルのデザインは魅力のあるものだった。  ビルの前の広場には、今となっては誰の目にも止まることのない噴水がこじんまりと佇んでいた。噴水口から僅かにチロチロと流れる水が、太陽光を殆ど通さないジメジメした空間に一層湿り気を与えている。  その噴水の大理石に、取り引き相手の男、パレットは座っていた。 「お待ちしておりました」  凄みのある声でそう言うと、軽く頭を下げる。黒いスーツに身を包むパレットの肌は闇に溶け込むように黒く、黒人特有のパンチパーマがかった短い髪が黒い藻のように頭に生えていた。 「こちらの要求を呑んで一人で来て頂いたこと、感謝します」  容貌に似合わず日本語を流暢に操り、日本独特の丁寧語もそつなくこなしてみせる。 「そンな簡単に信じていいのか?この密集した廃ビル群に暗部の小隊紛れ込ませるくらい訳ないと思うが」 「ご心配なく。”しっかりと囲ってますから”、貴方はちゃんと一人ですよ」 「そォかよ。まァ安心しろ。そンなことしなくてもちゃんと一人だからよ」  杖に体重を乗せてリラックスしながら、一方通行は小さく欠伸をかく。  囲まれている。それは道中一方通行も気づいていたことだった。いや、敢えて向こうから気づかせていた、と言っていい。隠密というにはあまりにお粗末で、大人数での行動。道中で確認できただけでもざっと二◯はくだらない数だろう。  "お前をずっと見ているぞ"と言わんばかりの重圧、それが武装した集団によるものならば、相手に与える心理的効果は人の判断力を鈍らせるには十分過ぎる攻撃力を持っている。
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