第一章〜詠始め〜

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アキト本人は気にしていないようだったが、ヒロトは正直腸わたが煮えくり返そうだった。 誰のおかげでお前達の命があるのか。 アキトの『お兄ちゃんお腹空いた。何か食べたい』の一言が無ければ、隊員と一悶着起こしていた所だったろう。 兄の気を抑える為に出た言葉か。 あるいは本当に腹が減っていたのか。 恐らくどちらも正解だろう。 楽天的なアキトと、そんな弟の面倒を見る保護者の様なヒロト。 兄弟と言うよりは親子の様な二人だが、時々その立場が逆転する時がある。 ヒロトが気を荒立てた時、それを抑え込むのはいつだってアキトの役割だ。 常人に比べて、感情の突起が激しくないアキト。 大らかな性格上、取っ組み合いでも口論でも、なだめる側に立つ事が多い。 そんなアキトの気質には、本当に良く助けられる。 だが、ヒロトは思う。 (嫌な顔ぐらいしたっていいのに……) 己が生物兵器だ化け物だと言われても、アキトは顔色一つ変えることは無かった。 反論したい気持ちを我慢していたからではない。 寧ろそんな気さえ起きていなかったのだろう。 アキトは隊員達の偏見を、本当に気にしていなかったのだ。 けど、ヒロトにしてみれば少しは気にして欲しかった。 哀しそうな表情の一つも見せて欲しかった。 『兵器』 その言葉をすんなりと受け入れてしまっているようで……。 「あ」 とその時、発せられたアキトの声に、落ち込み気味だったヒロトの思考は中断させられる。 「今日の予定って、奏術技(エグゼクトスキル)特化訓練だっけ?」 不意に思い出したかのように、クリームパンから目を逸らし問いかけてきたアキト。 「うん。明後日の明朝作戦に向けての訓練でしょ。お前にはあまり必要無いと思うけど」 (比率はもういいの?) 「ふーん。じゃぁちょっと待ってて。 急いで食べちゃうから」 そう言って再びクリームパンにかぶりつく。 「……ゆっくり食べなねー……」 (比率は…………もういいのか) ―――― ――――――
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