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(母さん……)
何をする気にもなれない。
ただ身体を横たえ、縁側からの景色を眺めているだけ。
時折、屏風で遮った隣部屋からは、誰かのすすり泣きが聞こえてくる。
それも大勢。
誰かと誰かの会話も聞こえる。
屏風越しの会話には、時折少年の名前も混じっていた。
「十歳で父親を亡くして、十二歳で母親までも……。可哀想に……」
「父親の身内は? 誰かいないのか?」
「この家に二人だけ残すわけにはいかないだろう……」
身内がいたとしたら、どうなんだろう?
この家を出なければならないのだろうか?
だけど今はそんな後のことを深く考えたくはない。
このまま深い眠りにつきたいと、少年は金色の目を閉じた。
眠りについて、目が覚めたら夜中で、来客は全員帰っていて……。
いや、本当は客など来ていなくて、いつもの母親の「ご飯よ」という声で目が覚めるのだ。
いつもの、いつも通りの食卓で母親が笑っている……そんな当たり前な風景。
――あぁそうか。
少年は認めたくなかったのだ。
母親が死んだ事実を。
だからこうして屏風で部屋を遮って、この部屋だけを別世界の空間にした。
隣部屋の泣き声も全部嘘。
畳を擦り歩く音も、お香の匂いも全部。
全部、全部嘘でこの部屋だけが真実なのだと、そう思い込みたかったのだ。
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