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大会優勝 稲葉さん作
『時刻は既に真夜中。 本来ならば、暗闇に覆われているはずの景色は、降 り積もる雪によって仄かに、かつ神秘的に映し出され ていた。 未だ舞い続ける粉雪は、静寂の中に溶け込むよう に、静かに消えていく。
そんな景色を見守るかのように佇んでいる針葉樹た ちを、一陣の風が吹き付けた。
白銀の世界に微かな音が生まれる。
その静かなさざめきに誘われるかのように、一匹の 狐が現れた。
青白い月光が、栗色の毛皮に淡く降りそそぐ。 銀の世界を背景に、月を見上げる姿はどこか儚げで もあった。
再び風が吹く。
静かに月を眺めていた狐は、それを合図に駆け出し た。
雪原を、北極圏を、静寂な夜を、狐はただただ駆け 抜ける。
いつの間にか空には、虹色の幕がかかっていた。そ れは揺らぎ、形を変えながらも、疾駆する狐を照らし 続ける。
狐の尾が巻き上げた雪は、音もなく夜空に吸い込ま れてゆく。その姿はまるで、狐が光を散らし、空に投 げかけているようですらあった。
この幻想的な風景を目に焼きつけた者たちは、皆そ ろってあの虹色の幕を「狐火」と呼んだという』
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