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赤子は乳を飲んで育つ。
しばらく考えた挙句、山姫は乱れた着物姿のまま欠伸をしている主さまの手に赤ん坊を押し付けた。
「乳を貰ってきます。それまでは主さまがこの子をあやして下さいまし」
「…俺がか?」
「はい、俺がです」
――山姫は主さまの側近中の側近だ。
色が白い美女で、その美貌で男をたぶらかしては精力が切れるまで弄び、その後は生き血を啜って殺してしまう。
だがどうしたことかこの赤ん坊に母性を感じているのか、脱兎の如く居なくなってしまい、主さまはとりあえず腕に押し付けられた赤ん坊に視線を落とした。
「…なんだこれは」
赤ん坊の産着に半紙が書かれた何かが挟まっていた。
腕に抱いた途端泣き止んで見上げてきている赤ん坊に少し動揺しながら広げてみると…
『息吹(いぶき)』
ただ一文字が書かれてあり、この赤ん坊の名が息吹という名であることを知って、小さく呟いた。
「息吹、か」
「きゃきゃきゃっ」
声を上げて笑いかけた息吹に、不機嫌そうに結ばれていた主さまの口元が緩む。
「ふん、俺に食われたいのか?」
にたりと笑った主さまの口からは牙が飛び出て、どうにかしてこの赤ん坊を怖がらせてやろうとしたのだが…
「きゃっ、きゃきゃきゃ」
…またもや笑われてしまって気概を削がれた主さまは、赤ん坊を傍らに置いてまた寝転ぶ。
その美貌は、どこか楽しそうだった。
「暇つぶしができたぞ。この赤ん坊は俺が育ててみてやろう」
そして飽きもせずに赤ん坊の顔を覗き込んでいた時、息を切らしながら山姫が戻って来た。
「ちょうど赤ん坊を生んだ女が居たので乳を分けてもらいました」
「そうか、よこせ」
…自分が乳をやろうと思っていたのに、哺乳瓶を奪われた山姫が唇を尖らせたが、赤ん坊を腕に抱いた主さまが哺乳瓶を口元に持っていくと、勢いよく飲み始めた。
「主さまはまだ寝ていて下さいよ。あたしが…」
「いや、俺がやる」
「いえ、あたしが」
「もういい、下がれ」
珍しく機嫌がよく、山姫は仕方なく隣室で待機した。
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