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「カップラーメンを料理だ、って言い張ってたときよりは、上達しましたよね」
「保温性とか?」
「もう、違いますよ。具を見てください」
そこで自分が箸を渡していないことに気づいたのか、彼女は慌ててカバンから割り箸を取り出した。
「このニンジンとかどうです?」
「へえ、これは星か?」
「……もみじです。やっぱり下手ですか」
「いや、今のは冗談。実際、上手くなってると思うよ」
料理研究部、部員数六名。そのうち、四人が幽霊部員。
実質活動しているのは、後輩の彼女と僕だけ。
だからなのか、彼女はときどき料理を作っては渡しにくる。
初めに比べると見違える程に、料理の見栄えはよくなっていた。
「味もこれくらい上達すればいいのにな」
「先輩、ヒドいです」
ムッとした表情でにらんでくる。
やっといつもの彼女に戻った。後輩なんてのは、いつでも笑っていればいい。泣き顔よりよほどマシだ。
「……先輩って賢いんですね」
「そんなこと、初めて言われたな」
「だって、初めて言いましたからね」
「そう」
僕はイヤホンを耳に戻そうとしたが、先に彼女に取り上げられてしまった。
「……やっぱり先輩はバカです」
「さっきと真逆だね」
彼女は味噌汁が入った容器のふたを閉めると、僕に向き直った。
目の赤みはひいていた。
「さっき、彼と別れてきました。……いえ、振られました」
「……」
「なんか、わたしの性格が、思っていたのと違ったらしいんです」
「……」
「みんな、期待し過ぎなんですよ。女の子だから、スイーツが好きだとか。料理研究部だから、料理が上手だとか」
「カエルだから歌が上手いとか?」
「そう、です。本当はカエルなんて音痴なんですよ」
彼女は窓を見ながら「勘違い野郎ばっかですよね」とため息をついた。
「……」
「……やっぱり先輩は賢いです」
「……」
「ほら、先輩はこういうときに黙ってくれるじゃないですか」
「……」
「先輩は、賢いです。……バカ、なんかじゃ……ありま、せん」
ふと彼女の横顔を見ると、雨に降られたように雫が頬についていた。
ごめんな。
そんな言葉が口をつきそうになって、慌てて止める。
「……ありがとな」
「わかれば、いいんです」
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