3人が本棚に入れています
本棚に追加
気づいたら雨も小降りになっていた。
「先輩と話したら、少し楽になりました」
「そう」
「……ちょっとだけ、愚痴ってもいいですか」
どこか寂しげな彼女の言葉に、僕は静かに首を縦に振った。
「彼……いえ、元カレにですね。……言われたんですよ。先輩の悪口を。
学生なのに学校で酒を飲むなんてどうかしてる、とか、あんなバカと同じ部活にいると、おまえもバカになる、とか。
つい『余計なお世話だ!』って言っちゃいました」
カバンについているキーホルダーを、指で何度もはじく。
「……いつも君に言われていることと、同じ内容な気がするんだけど」
「自分で言うのと、人に言われるのは違うんです。先輩をバカにしていいのは、わたしだけですから」
その言葉に少しびっくりして、僕が「それは困るな」と呟くと、彼女に「ちょっぴり困るくらいが丁度いいんです」と返された。
「ほったらかしにしておくと、すぐに先輩はへべれけ高校生になっちゃいますからね。
やっぱり、わたしが監視しておくのが丁度いいんです」
「君が自分で作った味噌汁も、丁度いい味になればいいんだけどな」
「……それは、言わないでください」
その声はさっきに比べると、少し明るくなっている気がした。
◆
「雨、止みませんね」
「だね」
あれからしばらく経ったのに、雨はまだザーザーと降り続けている。
「先輩は何か特技ってありますか?」
「……踊り、とかかな?」
僕の返事がよほど予想外だったのだろう。
彼女は偶然UFOを目撃したかのような表情で、僕を振り向いた。
「せ、先輩が踊り、ですか? お酒飲んで酔拳、とかじゃないですよね」
「ヒドい言いようだね」
それだけを口にして、僕が何も話さないので、彼女はしばらくして、うーうーとうなりながら考え始める。
待ちくたびれた僕の手が、再びイヤホンにのびたとき、彼女の声が聞こえた。
「わかりました!」
目をキラキラとさせる彼女に「言ってみな」とうながす。
「先輩が得意なのって、ダンスですよね?」
「まあね」
僕の言葉で確信したのか、彼女は自信満々に解答を告げた。
「先輩の特技は、デカダンスですね!」
最初のコメントを投稿しよう!