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「確かにダンスができないのは苦しいけど、実は僕、そこまで後悔しているわけじゃないんだよ」
「……どういうことですか?」
彼女が不思議そうな表情を浮かべる。
「劇場の火事のことなんだけど、逃げようと思えば、逃げれたんだよね……」
「……え?」
「逃げる途中で女の子とすれ違ったんだよ。何か事情があったのか、すごく必死だった。
最初は無視しようと思ったんだけど……やっぱできなくてね。案の定、助けに戻った結果がこの足だ」
「……その女の子は」
「助かったよ。じゃなきゃ、さすがに僕も後悔してる。
……でも、助かったんだよ。僕が助けたんだ。
それってさ、なんだかすごく……報われた気持ちにならないかい?」
一息で話した僕は、内心しまったなあ、と思っていた。
こんな暗い思い出話は、一生胸にしまっておくつもりだったのに。
「先輩、そのとき仮面つけてませんでした? オペラ座の怪人みたいなの」
「……」
あの火事の直前。確かに僕は、こっそり拝借した仮面で遊んでいた。
でも、なぜ彼女がそれを知っている?
「……今の話を聞いて確信しました。わたしが、その女の子です」
心臓が止まった気がした。
「わたしがイストワール劇場に行った日も、その火事が起きた日なんです」
「え、でも……」
「まあ、わたしも変わりましたからね。覚えてなくて当然です。わたしも、あのときの人が先輩だったって今まで気づかなかったわけですし」
「……仮面、してたからね」
「はい。あのときは怖かったです」
「じゃあ、僕は君を救ったわけだ」
「はい。救われちゃいました」
しばらくしてどちらからともなく笑い出していた。
不思議と怒りは湧いてこなかった。ただ、過去の自分をどうしようもなく褒めてやりたくなった。
よくやった、僕よ。おまえのおかげで一人の可愛い後輩の命が救われたんだ。
「あ、雨止みましたね」
窓を見ると、あんなに強かった雨は止み、雲の切れ間から太陽が顔を出していた。
「なあ、ラーメンでも食べにいかないか」
「いいですね。でも割り勘ですよ」
「今日ぐらいおごらせてくれ。なんか、気分がいいんだ」
「奇遇ですね。わたしもです」
いつもより少し明るい声を残して、僕と彼女は部室を後にした。
きっと明日は、明後日は、今日よりもっと楽しくなる。なんだかそんな気がした。
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