飛騨妖魔変

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鏡花と老師は顔を見合わせた。体の中を冷たいものが走るような恐怖を覚えた。 「老師、篠田さんは魔物の犠牲になったようですね!すると、今、草壁さんと東京に向かっているのは魔物と言うことになる」 「そういうことになるね」 老師は腕を組んで言った。 「彼に知らせるすべはないものか」 老師は唸った。 この時、草壁は魔物が化けた篠田と東海道本線の車中にあった。車中は思いのほか空いていた。草壁は途中の駅でお茶付きの弁当を買い、車中で食べたが、篠田はいらないと言うことだった。名古屋を過ぎた辺りで篠田がトイレに立った。草壁は席で篠田が戻るのを待ったが、この時、車窓の外を蜘蛛のように列車の外壁を動く黒い影があり、不気味に光る眼が草壁の様子をうかがっていた事に草壁は気づかなかった。 しばらくして、彼が戻って来た。やがて豊橋にさしかかった頃、車掌が血の気の失せた顔をして草壁と篠田の脇を走り抜けようとした。思わず草壁が呼び止めた。 「どうしました?何がありました?」 「2両隣の車両で人が殺されました。首が無いのです!」 「えっ!」 草壁は言葉を失った。見ると、隣に座っている篠田は平然として窓の外を見ている。草壁は篠田を疑った。それからの車中、草壁は生きた心地がしなかった。豊橋から東京まで、車中一泊の長旅である。草壁は何も喉を通らなかった。
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