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1ヶ月前、鏡花は草壁からの手紙を受け取った。それは、避暑を兼ねて飛騨まで遊びに来ませんか?と言うような簡単な内容だった。飛騨日日新聞に鏡花の小説を連載していたから、草壁とも知らない仲ではなかった。鏡花はそして、汽車に飛び乗ったという次第である。飛騨は山深い。途中まで汽車で行き、そこからは馬の背に揺れた。飛騨川に沿って進むと、左右から山並みが迫ってくる。蝉のけたたましい声を聞いて、鏡花は汗を拭った。
やっとの思いで飛騨に着いて、街の入り口まで迎えに出てくれた草壁と合流し、谷川を臨む宿の座敷に通されて、一服したところで、実は…と草壁が本題を切り出したのである。
「とりあえず、明日にでも作業事務所を訪ねてみようか」
鏡花は谷川の流れに目を落とし、誰に言うでもなくつぶやいた。
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