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鉄道の敷設工事は既にところどころで進んでいた。難所やトンネル工事が後回しになるらしい。多くの作業員が半裸姿でもっこで土を運んでいる。多くの人が行き交い、怒声が飛んで、騒がしかった。
飛騨の街外れに作業事務所はあった。鏡花と草壁の2人は事務所の戸を叩いた。
2人は事務所の革張りのソファーに通された。所長と呼ばれる男は丸縁メガネを掛けた小肥りの男だった。
「これはこれは、突然、高名な鏡花先生にこんな汚い所においで頂けるとは、青天の霹靂と申すものでござりまするな」
男はそんな世辞を言った。
「ところで、今日おいで頂いたご用の向きは、どういうことで」
「その件は私の口から…」
草壁が例の話を伝えた。所長は黙って聞いていたが、
「失礼ながら、よく話が飲み込めないのですが、それでこの私にどうせいと言うことで?」
そう怪訝そうに聞いてきた。それに対して鏡花が膝を乗り出して答えた。
「実は工事の中止、変更をお願いしたいのです。できれば、線路を城山を迂回して頂きたいのです」
所長は口を開けたまま、しばらく、時間が止まったままになった。
そして、突然、沈黙を破るようにして、
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