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勇太郎の眼差しを受け、明人はきょとんと目を丸くした。
「えー、なにそれ? 違いますけどー?」
「は?」
否定の言葉を耳にし、勇太郎は間の抜けた声を漏らした。すぐさま取り繕い、真剣な表情で明人の発言を追及する。
「違わねーだろ? 高一の夏休み、お前の家に泊まりに行って、両親にも会ったし。つまんねー嘘つくんじゃねぇよ」
じとっとした湿りを孕んだ風が勇太郎の頬を撫で、嫌な汗を滲ませる。
高校一年生の夏。勇太郎と零士は明人に誘われ、その実家へと泊まり掛けで訪れた。
意外にも緑の多い住宅街に組み込まれた明人の実家では、朗らかな笑声の似合う父親と、明人とよく似た色合いの優しい眼差しをした母親が二人を出迎え、歓迎した。
『いやぁ、勇太郎君はいい子だし、零士君はしっかりしてるなぁ……うん! 君達なら問題児の明人を任せられるなっ』
『ちょっと、父さん! 聞き捨てならないんだけど、問題児ってなにさぁー!』
『勇太郎君、零士君。明人が無茶しないよう、見ててもらってもいいかしら?』
明るく賑やかな家中で過ごした数日間の記憶は、今でも勇太郎の中に鮮明に存在する。
当然、共有するべき記憶は明人の中にも存在するはずなのだが――
「いや、嘘じゃないけど?」
いつも通りの笑顔――今となっては感情の読めない笑顔を浮かべ、明人は否定の言葉を口にする。
勇太郎の知る明人は、些細ないたずらや軽口を叩いたりすれど、簡単に嘘をつくような人間ではなかった。冗談として嘘をついたりしても、即座に嘘とバラすまでを冗談としていた。
思索を進めるにつれて、選択肢が削り取られていく。そして、
「……明人、答えてくれ」
遂に、選択肢が一つになった。
「お前は、硫黄明人なのか?」
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