第二章

11/75
前へ
/200ページ
次へ
『しかし、あの明人君が裏切るとは……事実だとしても、いささか信じがたいですな』  沈んだ口調が、表情が、鮮明に思い起こされる。 『彼は、私の娘が幼稚園の頃――彼と赤嶺勇太郎君が初等部一年の頃からの付き合い、所謂幼馴染みですから。気付けなかった私にも非がありますね……』 『いやいや、桃園さんに非はありませんよ。ただ、相手が予想以上に狡猾だっただけです』  庇う声が耳朶に触れ、鼓膜を震わし、記憶に刻まれる。記憶は脳裏のスクリーンに途切れることなく映し出され、水流のようにゆるゆると流れていく。  何度繰り返し視ようが、それは自責を兼ねた表情以外の何物でもなくて。  ―――――消えろよ。  また一つ、消えない過去に黒い染みが増えた。 「葉月?」 「……っ」  前触れなく降ってきた声に、机に伏せていた葉月の体が揺れた。  動揺を悟られぬようそのまま顔を持ち上げ、声の主へと視線を投げ掛ける。 「あ、起きた。おはよ」  そこにいたのは、夜明け前の空のように澄んだ黒色を身に纏う少女だった。  今し方登校してきたのだろう、璃理は鞄を片手に持ったまま不思議そうな目で葉月を見詰めている。 「……アホサキ、なんだよ」 「アホサキじゃないって何度言えば分かるのよ、ジミドリワカメ。それより、もう先生来てるわよ? 起きといた方がいいと思って」
/200ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2021人が本棚に入れています
本棚に追加