第二章

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『私がしっかりしないと』  記憶が再現したあいは笑みすら浮かべ、璃理を警戒していたのは己の意思であると事も無げに言い放っていた。  その姿を見て、葉月自身も人の印象と中身の相違を知ることの必要性、そしてその意欲を学んだのは記憶に新しい。しかし、 「発信器も、上手く璃理ちゃんのフォローか極致正義に役立てるか、状況を見て判断しなさいって言われてたの。璃理ちゃんが校舎裏に行ってたのは知ってたから、絶対正義に帰る手助けもしようと思えば出来た。でも、私はやっぱり極致正義を……皆を選んだよ」  あいは悲し気に、しかしどこか誇らしげに笑いながら過去の内幕をそっと捲った。  ――ほんと、分からないな。  葉月はあいから視線を外して目を伏せた。長い前髪に埋もれる視界に人の姿が消え、束の間の安寧を手に入れる。  たった一つの言葉にも様々な感情が、思惑が、欲が詰め込まれている。それらは複雑に絡まり合い、他人への利害を内包して聞き手へと辿り着く。  絡み合うものが多く複雑であるほど内包物は強固に守られ、逆に純粋な言葉は内包物を剥き出しにして相手の思考へ飛び込んでいく。  簡潔で、実に分かりやすいロジックだ。  ――やっぱり、怖い。  弱音とも取れる感想を呟き、葉月は前髪の隙からあいを窺った。  人間の感情は底無し沼のようで際限がない。複雑な言葉に内包されたものを垣間見ては不安に陥り、そうして猜疑を持って言葉に挑んではまた不安を抱き、見えない底へと深く沈んでいく。だからこそ、信頼という言葉を使って感情の沼を埋めてしまうのだろう。  それに対して、葉月は僅かな恐怖を感じていた。
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