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「あなた、欲はある?」
「欲、ですか」
高飛車な女の物言いは、人に命ずることに慣れたの人間ものだった。
「膨大な知識を持ちながら、こんなところで燻っている人間の欲など理解出来ないから、初めに聞いているのよ」
「なるほど、貴女は賢い女性のようだ」
男は頷いた。交渉の入りとしては、悪くない。
「貴方がたの提示するような報酬では、私への交渉材料にならない可能性を見越している」
男は、少し女の話を聞いてもいい気になった。それは、たまたまそういう気分になっただけで、ただの気まぐれだった。
魔女とは、そういう生き物だ。
「たまに来るんですよ、やれいくら払うだの、側近に引き立ててやるだの……そんなわずらわしいものを対価として支払おうなど、愚かにも程がある」
低く、男は喉の奥で笑った。黒いローブの奥に隠れた翡翠の目が、嘲笑に歪む。
「何がお望みで?」
「私の息子を王にして頂戴」
「ほう」
「その為には、どんな立場でも用意するわ、必要であれば資金も。ただし、これは報酬ではない」
女の言葉は正しい。それは、目的達成のための『必要経費』だ。
なるほど、この女は――あくまで人間にしてはだが――賢い。
男は、少しばかりの興味を持ち、女をすがめ見た。
「さぁ、あなたの欲は何?」
「では……」
口角を吊り上げ、男は右手を上げた。人差し指を伸ばし、女の胸を指し示す。
「世界で一番美しい者の髪と心臓を、私に下さい」
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