第一話 始まりはその街から

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 ヴァンの隣で、大工男が鼻を鳴らした。 「ったく、ブルジョワってやつはいいねぇ。こちとら、毎日汗水たらして働いてるっていうのに、真っ昼間っから酒飲んで、話してることと言やぁ、あっちの国の王様はどうだの、そっちの国の議会はどうだの、手前達の生活にゃ関係のねぇご高承な噂話ばっかりだ。海の向こうの国の美しいお妃様が病床の身だからって、一体手前たちに何があるっていうんだかねぇ」 「そんな話まであるのか」  それは、そんな些末な情報まで、この辺境の町にも流れ込んでいるのかという驚きだったのだが、男は、どうやら別の方に取ったらしい。 「ねぇ、くだらんだろう。だいたい、どこまでが尾ひれか背びれかウロコかも分かりゃしねぇ。そのお妃様だって、本当はうちの女房みたいな顔してるかもしれんでしょ。こーんなねぇ」  言って、男は両頬を掴んで引っ張り上げ、鬼のような形相を作って1人で爆笑した。だが、付き合って笑ってやるほど親切ではないヴァンの、いつも通りの仏頂面を受け、仕切り直すように話を変える。 「美しいといや、隣の国の王女様だが、あの方は本当に美しかったらしいねぇ。エルドラドには一人知り合いがいるんだが、つい最近王女様が亡くなった時にゃぁ、身内の娘が死んだみてぇに嘆いていたよ。エルドラドの宝石、麗しの白雪姫は誰かの陰謀で殺されたんだってねぇ」 「…………」  すると、険しい表情のまま、相槌も打たずに黙り込んでしまったヴァンに、男は潮時と判断したらしい。 「じゃあ、俺はそろそろ戻るぜ。まぁ、お前さんのおかげで大方片付いたがな。ありがとよ、またよろしく頼むわ」  ねぎらいの言葉をかけて肩を叩くと、自らの仕事道具を抱えて去っていく。
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